上高地 徳澤園のブログ

月: 2020年11月

閉山式

本日河童橋にて2020年閉山式が関係者のみで執り行われました。

久しぶりに上高地関係者が集まりました。

みんな無事に閉山を迎え今年1番の笑顔でした。

 

大変なシーズンでしたので終わってしまえばあっという間の一年で、いつ何をしていたのかあまり覚えていないシーズンでした。

その時その時が必死で、嵐が過ぎ去るとまた嵐がやってくる…。

真剣に生きた一年でした。

 

社長就任一年目。こんなスタートだったと後々忘れないように、スタッフみんなで今年の軌跡と寄せ書きを作ってくれました。

無茶苦茶な指示と優柔不断な判断。突然の思い付き等で振り回す…。隣で栗ちゃんが日記をつけていてくれていたみたいです。

 

ありがたい!

 

 

追記

先日初めて受けたズームによる取材。記事にされました。

https://pinch-hitter.jp/articles/vzgvyqgwz/

俺のstaff

〈2020年スタッフへ〉

みんなそれぞれ帰ってしまって淋しい夜を過ごしています。

でも、みんなも淋しいのか何人かラインをくれました。

どうなるのか分からなかったこの騒動。

でも一つだけ間違わなければ、また希望ある徳澤園に戻れるというのは確信していました。

それは組織を壊さない。みんなを守るということです。とてもカッコいいことです。でも、かなりの犠牲と覚悟を伴うことでした。

3月4月。諦めそうになりました。

絶妙のタイミングで藍さんがラインをくれました。私を奮いたたせるものでした。藍さんの手の中で踊らされている私の扱いは、彼女にとってお手の物のようです。踊りまくってやりました。

やっちゃんいい忘れたけど、社長就任、おめでとうございます

斬新な発想力を持ちつつ、しかしながら地に足のついた落ち着いた経営をお願いします。

貧しい移民家庭から、アメリカの国務長官にまでのぼりつめた名将パウエル長官のリーダーに求める名言。

❶大切なのは、つねに冷静であることと、つねに親切であること。

❷部下に尊敬されようとするな。部下を尊敬しろ。

❸楽観的であり続ければ、力は倍増する。

 

4月。

7月まで営業を諦める決断をしました。みんなを呼び集めておいての決断でしたので勇気がいりました。徳澤園という泥舟に乗っけてしまったのではないのだろうか?不安な時期に更に不安な思いをさせるのではないか…。入山初日には決めていたのですが、なかなか言い出すことが出来ませんでした。

試しに優子に話してみました。

そしたらあっけらかんと言いました。

「どうせどうにかするんでしょ?」

泥舟に乗っているという意識はなく、信頼してくれている。とても救われました。どうにかして11月まできっちり約束果たしてやらなきゃという強い気持ちになりました。

 

7月。更に不安なことが起きました。大雨です。再集合させた松本のホテルに4日間も缶詰にしました。コロナで地震で雨で…。もうみんなを振り回すのはやめようかと思いました。

 

4日目。ヨッシーが、

「もう徳沢に帰ろう!」

と言いました。実家に帰ろうではなく、徳沢に帰ろうと言いました。嬉しかった!

 

シーズン中はまさに地獄でした。

いつ何時ゲームセットになるかわからない状態です。

毎晩、シーズン終了を誰よりも指折り数えていました。

そして今日を迎えました。

多分、この半年で今日が1番笑いました。

結局、みんなから支えられた一年でした。

俺の周りにはとんでもなく才能と優しさ溢れる人に囲まれている。

振り返るととても幸せな一年でした。

「俺のstaff」

最高です!

 

 

トーコ

LINEにも書いたけど、2年間よく頑張りました。

常人にはなかなか難しいトーコの良さをうちは見抜きました。

また、誰よりも才能と可能性だけは秘めた人だというのは分かっています。

賢いのも知っています。

情に熱いのも分かってます。

困ったら泣きの連絡してもよい。

そしたら、社長の権限でまた仲間に入れてやる。お前のことは好きではない。でも嫌いでもない…。

よく頑張ったな👍

 

 

秋山、真子

出来る出来ないは一年目は関係なし。人に好かれる好かれないかが大切。幸いあなたたち2人は人に好かれる。ただ、それはなかなか難しい才能です。来年都合がつけばみんなで歓迎します。

 

 

2021スタッフ

来年の目標は「らしく!」。

新しいことにも、守らなければいけないことにも、徳澤園らしく戻る!

こんだけのメンバーがいれば、安心して寝坊ができます。女将が吠えようが、耐えるのでしょう?

では、皆さんコロナに注意して健やかなる日々をお過ごしください。

ご挨拶…

本来であれば4月に皆様にご挨拶申し上げなくてはならなかったのですが、私若旦那という役職から代表取締役という肩書に変わりました…。

17年前になりますが、若女将を連れ上高地に戻って参りました。

東京で過ごしていた2人でしたので、商用電気も通っていない山の中に嫁がせるのにはどう説明したらいいのか悩んだ挙句、一切説明をしないで連れてくるという戦法に出ました。

典型的な明治生まれの祖父に可愛がられた私は、一家の長男が継ぐことこそが我が家の使命という教育を受け、私自身はなんの迷いもなくそれを受け入れて戻りました。

希望に満ちた20代。

お客様の求めてるもの。ここで出来ること。ここではやっていけないこと。そんな分別がつくようになってがむしゃらに実行しまくった30代。

それなりに成長し、抱えるスタッフも多くなり、上高地、北アルプス全体が見えてきだしたこのタイミングで父から今年の4月1日に譲り受けました。

本来であれば、皆さまはじめ、スタッフ達にもこんな宿にしたい。こんな国立公園にしたいと声高々に宣言する予定でしたが、ご存知コロナという前代未聞の事態が起こりました。

何をどうしたらいいのか分からず始まった社長一年目。夢も語れず、見えない敵に挑む。夢を見させてあげなければならないスタッフ達も不安だったことでしょう。

 

カッコよく登場し、大きな夢を語る予定でしたが、4月1日にスタッフたちには、3つの約束だけ致しました。

①雇用の継続

②企業の存続

③コロナに感染しない、させない。

今年はこの3つだけは守るということを話しました。

 

本当に短いシーズンでした。ただ、とっても濃いシーズンでした。

ソーシャルディスタンスを取れば取るほど人の優しさや暖かさを感じることがわかりました。

3つの約束も守れました。

本日、私の右大臣左大臣のY子と栗を残してスタッフたちが下山して行きました。

そして、いつもの大工軍団が入山して小屋閉まいが始まりました。

少しづつ今シーズンが終わっていく安心からか、この半年で一番笑うことができました。

来年は、コロナと向き合いながら、新しいことにもチャレンジしようと思っています。

ちゃんと浪漫を語れる社長になる予定ですが、小屋閉めが終わりましたらきちんとご挨拶致します。

皆様今シーズンもありがとうございました。

御礼

11月2日ご宿泊のお客様を送り出して今シーズンの営業を終了致しました。

このような状況の中、お越し頂いたお客様。お越しになれなかったお客様。皆様に感謝申し上げます。

半年に渡り、励ましてもらい、お客様にもスタッフたちにも助けられました。

苦渋の決断を繰り返しましたが、心折れずに無事にシーズンを終われたことが出来たのも、皆様のお陰です。私たちは本当に幸せ者だと思わされた1年でした。

本当にありがとうございました。

来年の構想はしっかり持っています。

また、新しいことにも挑戦しようと思います。

是非、来年もご贔屓賜りますよう宜しくお願い致します!